守りから攻めへ転じるITコスト改革
-3つのステップで実現するコスト適正化と企業成長の両立-

ITコストの高止まりは、多くの企業に共通する経営課題となっている。本稿では、コストの「可視化」、具体的な「削減施策」、そしてAI等を活用した「持続的な抑制の仕組み」という3つのステップを具体的に解説。単なるコスト削減に終わらず、創出したリソースをいかにして企業の成長を促す「攻めのIT投資」へ繋げるか、その戦略的な道筋を示す。

新型コロナウイルスによるパンデミックは従来の企業活動のあり方を大きく変え、リモートワーク環境の整備や急速なデジタル化への対応を強いたことで、多くの企業ではIT投資が急増し、ITコストは高止まりしたままとなっている。事業継続を最優先した結果として致し方ない面もあるものの、経済環境の不確実性が増す中、膨れ上がったコスト構造を見直し、企業競争力を維持・強化していくことが喫緊の課題となっている。

しかし、一度導入したツールやシステムへの依存、ITコストの全体像の把握不足などが障壁となり、多くの企業でコスト削減が思うように進んでいないのが実情である。矢野経済研究所1やJUAS2によると、日本企業のIT予算はコロナ禍以前と比較して高い水準のままであり、IT支出が大きく減少していないことが報告されている。昨今の物価高や人件費高騰、円安影響などもあるが、ITコスト増加にはリモートワーク環境の整備や関連するITツールの導入、DX推進に関する支出なども大きく影響しているものと思われる。

本稿では、ITコストの適正化に向けて企業が取り組むべきことを、①現状の可視化、②適性化に向けた施策実行、③その後のコスト抑制を継続する仕組みづくり、という3つの段階に分けて解説する。

1 矢野経済研究所「国内企業のIT投資に関する調査(2021年、2024年)」
2 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書 2025」

図1:IT投資額推移

図1:IT投資額推移

出所)矢野経済研究所「国内企業のIT投資に関する調査(2021年、2024年)」よりDOLBIX作成

図2:IT予算の増加要因

図2:IT予算の増加要因

出所)一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書 2021~2025」よりDOLBIX作成

第1段階:現状コストの可視化

ITコスト適正化の第一歩は、支出の実態を正確に把握する「可視化」である。しかし、これが最も困難な作業でもあり、特に、事業部門ごとにITツールやサービスを個別に契約している場合、情報システム部門が全社のIT支出を把握しきれていないケースが散見される。そこでまずは、会計データや請求書といった客観的な情報からIT関連の支出を全て洗い出すことが必要となる。さらに、各部門へのアンケートやヒアリングを実施し、誰が、何を、何のために利用しているのかを明らかにしていく。 集約したデータは、「インフラ」「アプリケーション」「運用」「セキュリティ」といった費目や、「ハードウェア」「ソフトウェアライセンス」「保守運用委託」「クラウドサービス利用料」といった支払い形態で分類・整理し、どこにどれだけのコストが掛かっているのか、コスト構造を明確にしていく。
ある電子部品メーカーではこのような可視化を進めた結果、複数の部門が同じようなITサービスを個別に契約していたり、利用実態のないツールのライセンス費用を支払い続けていたりするといった無駄が次々と発見された。これらの重複契約の集約や不要な契約の解除を進めるだけでも、大きなコスト削減効果が生じた。また、可視化されたデータは、コスト削減の必要性を客観的に示す強力な武器となりえる。どの領域に削減の余地があり、それによってどれだけの効果が見込めるのかを具体的に提示することで、業務オペレーションの変更を伴うような場合でも、現場の理解と協力を得やすくなるのである。

第2段階:適性化に向けた施策実行

コスト構造の可視化ができると、次はその分析結果に基づき、具体的な削減施策を計画・実行していく。施策は、短期的に着手できるものから中長期的な視点が必要なものまで多岐にわたる。

1. 短期的な施策(クイックウィン)

まずは可視化の過程で発見された「明らかな無駄」の排除から着手すべきである。

  • 重複契約の集約・見直し:全社で利用状況を把握し、ボリュームディスカウントが適用可能な契約に切り替える、あるいはより安価な代替サービスを検討
  • 不要ライセンスの棚卸と契約:退職者アカウントや休眠アカウント、利用頻度の低いツールのライセンスを特定し、速やかに解約
  • 過剰スペックな契約の見直し:利用実態に見合わないオーバースペックな保守契約や通信回線などを見直し、最適なサービスレベルへと変更

2. 中長期的な施策

より踏み込んだコスト削減と最適化のためには、業務プロセスやシステムアーキテクチャそのものにメスを入れる必要がある。

  • 業務プロセスの標準化と自動化
    部門ごとに最適化され、属人化してしまっている業務プロセスを標準化し、RPAなどのツールを用いて自動化することで、運用に関わる人件費を抑制
  • システムの統廃合とクラウドシフト
    機能が重複している社内システムを統廃合したり、老朽化したオンプレミス環境のシステムをクラウドへ移行したりすることで、運用保守コストやデータセンター費用を大幅に削減できる可能性がある
  • アウトソーシング戦略の見直し
    ベンダーにロックインされ高止まりしている保守運用業務について、契約内容やサービスレベルを精査し、競争入札にかけるなど、健全な価格競争を促進

これらの施策を実行する上で重要なことは、費用対効果を慎重に見極めることである。目先のコスト削減だけを追求するのではなく、事業への影響や将来的な拡張性も考慮した上で、優先順位を付けて取り組むべきである。

図3:費目別のITコスト課題と施策(例)

図3:費目別のITコスト課題と施策(例)

第3段階:コストを抑制し続ける仕組みを作る

一度コスト削減を達成しても、時間が経てば再び無駄なコストが増殖してしまう、いわゆる「リバウンド」に陥る企業は少なくない。大切なことは、一過性のイベントで終わらせるのではなく、テクノロジーも活用しながら、コストを適正な水準に保ち続けるための「仕組み」を組織に定着させることにある。

  • IT資産管理の高度化と投資ガバナンスの強化
    全社的なIT資産の一元管理は、近年ではAIを活用したIT資産管理(ITAM)ツールが進化している。これらのツールは、ネットワークを自動的にスキャンし、オンプレミスのサーバーからクラウド上の仮想インスタンス、各従業員が利用するSaaSまで、あらゆるIT資産を自動で検知・台帳化する。これにより、手作業では追いきれない「シャドーIT」の発見や、ソフトウェアの利用実態を正確に分析し、AIがライセンスの過不足を判断して最適化を提案するといった高度な管理が可能となる。また、新規のIT投資についても、同様のツールで既存システムとの機能重複を自動でチェックするプロセスを導入し、無秩序な投資を抑制することができる。
  • テクノロジーも活用したプロアクティブなコスト監視体制の構築
    従来の四半期や半期ごとのコストレビューでは、問題の発見が後手に回りがちである。そこで、AIによる異常検知技術を活用し、ITコストをリアルタイムで監視する体制を構築する。例えば、クラウドサービスの利用料が通常パターンから逸脱して急増した場合、AIが即座に異常を検知し、管理者にアラートを送信することで、意図しない設定ミスやサイバー攻撃による不正利用などを早期に発見し、損害を最小限に食い止めることができる。このような継続的な監視と即時対応は、クラウドコストの最適化を実践する「FinOps」という考え方の中核でもあり、コスト管理を事後対応から事前予防へと転換させる。
  • コスト意識を組織文化に根付かせる仕掛け
    ITコストを各事業部門の利用度合いに応じて配賦する「チャージバック」や、利用状況を通知する「ショーバック」は、コスト意識を高める上で有効な手法である。最新のFinOpsプラットフォームは、このプロセスを大幅に自動化・高度化している。リソースに付けられたタグ情報を基に、複雑なクラウド費用をプロジェクト単位やチーム単位で正確に切り分け、分かりやすいダッシュボードで利用状況を可視化する。さらに、AIが各部門の利用傾向を分析し、「このストレージはより安価なプランに移行することでコストを20%削減できる」といった具体的な改善アクションを提案することも可能である。このように、データに基づいた客観的かつ具体的なフィードバックを各部門に提供することで、コスト削減を“自分ごと”として捉える文化が醸成され、現場主導の自律的な最適化が促進されるのである。

おわりに

ITコストの適正化は、単なる支出の圧縮を目的とする守りの活動ではない。むしろ、その真の目的は、AIなどのテクノロジーを駆使した効率化によって生み出された貴重な経営資源を、新たなビジネス価値を創出する「攻めのIT投資」へと再配分することにある。継続的なコスト可視化とAIを活用した最適化のサイクルを回し続けることで、企業は変化の激しい時代を勝ち抜くための強靭な財務体質と、持続的な成長の原動力を手に入れることができるのである。

著者

マネージングディレクター
経営戦略コンサルティング本部

谷田 政隆

大学院卒業後、監査法人系ファーム、FAS系ファームにて幅広いコンサルティング業務に従事。外資系保険会社経営企画部門、日系メーカー業務改革部門を経て、2023年1月より当社に参画。経営管理機能の高度化とそれを支える組織・ガバナンス/業務プロセス/ITインフラを含む改革支援を得意とする。M&A関連サービスにも豊富な経験を有し、クロスボーダーディールも多数経験。ブラジル・サンパウロに駐在経験あり。

シニアマネージャー
経営戦略コンサルティング本部

村上 正典

大学卒業後、SIer、総合系コンサルティングファーム(ITコンサルティング部門)数社を経て2024年にDOLBIXに参画。20年以上のコンサルティングとテクノロジー・IT領域の経験を有し、IT戦略・企画からシステム導入、保守・運用まで、一気通貫でのIT関連サービスを提供。総合商社の基幹システム刷新、傘下の事業会社のシステム統合検討等、システム化構想策定の経験を有する。