事業の特性に合わせた在庫管理のポイントとは?
在庫管理は、業界・業態を問わず、経営の重要課題である。在庫流のどの段階も企業固有の要件への対応が必要となるからである。
本稿では筆者が支援したプロジェクトを基に、適正在庫の実現には、発注管理に留まらずビジネスモデル上の要件を抽出し組織的な課題解決を図る必要があることをお伝えする。
在庫管理に一般解はない
在庫管理は、どの業界・業態であっても、また企業としてどのような段階にある場合でも、経営者にとって重要な課題として挙げられる。在庫が少なすぎれば欠品により顧客満足の低下・機会損失の発生を引き起こし、過剰な在庫はコスト増や資金繰りの悪化につながるためである。
筆者は、在庫をどの程度抱えるべきか、在庫管理をどのように行うべきかという問いに対して、各企業が独自の解を見出すことが求められると捉えている。事業の特性や他社に対する差別化のポイントをどう捉えるのか――。
例えば納品までのリードタイムの短さを競争優位の源泉とするのであれば余裕を持った在庫を抱えることは不可欠であり、トレンド変化に即して短サイクルでの新製品投入が必要であれば在庫量を絞ることも必要となる。
また、財務戦略とも密に連動している。したがって在庫管理は経営戦略そのものであり、企業によって求められる在庫管理の要件が異なるのである。
在庫が流れる構造を
①商品が供給元から自社に入ってくる流れ(Inflow)
②自社のコントロール下に在庫としてある状態(Stock)
③需要先へ出ていく流れ(Outflow)
と大きく三つに分けて在庫管理の要件を考えてみる。
①および③は自社にとってコントロール可能な範囲が少なく、在庫コントロール上の制約となりやすい。
①に関しては商品の生産ないし調達におけるリードタイムや最小ロット、サプライヤーとの取引条件などが、取り扱う商品の性質や自社の交渉力に応じて異なる。
③に関しては需要変動の大きさやトレンドの変化など、市場の特性や顧客行動の特性が影響する。ビジネスモデルが違えば必然的に異なる①③の要素に影響を受け、②の在り方もビジネスモデルごとに異なってくる。
②に関しては、保有している在庫の分析・評価の在り方と、そうした評価に基づいて決める在庫水準の維持方法(発注管理)が主な論点であり、それぞれの企業やビジネスモデル固有の前提・制約条件に適応するように整備・運用されている。在庫管理の議論では後者の発注管理において、ビッグデータやAIを用いた需要予測の高度化や統計的な基準在庫の設定が焦点になることが多い。
しかし、需要変動が少ない、あるいは変動した場合でも機動的な調達が可能という商品の場合には、簡易的な発注管理で必要十分なケースもあり、前者の在庫の分析・評価とセットで、どの種類の在庫に対してどういった発注管理が必要かを考えるべきものと捉えている。
在庫流の各段階における特性に従い、在庫管理には企業固有の要件への対応が求められる。
このように、Inflow/Stock/Outflowという単純な観点においても企業固有の要件が在庫管理に求められることは明らかである。
さらには、経営戦略上の意思決定からサプライチェーンの中で、どこに(在庫拠点の層別)、どの在庫を(在庫の層別)配置するか、といったことも在庫管理の在り方を規定し、企業間の在庫管理の在り方の違いとして現れてくる。
総じて、在庫管理はこれといった正解がないものと言える。
在庫特性上、在庫水準の抑制がそもそも難しいケース
在庫管理において一つの目標となるのが、在庫数/金額を、月(週・日)当たりの需要量/売上で割った在庫月数(週数・日数)を、基準以下に維持することである。在庫月数は「何カ月分の需要に相当する在庫を現在保有しているか」という直観的にわかりやすい指標となっており、これを下げていくことが在庫管理における一つの目標になり得る。
一方で、「Xカ月以内であれば適正な在庫月数である」という数値目標は前述の通り企業固有の事情から決定されるものなので、一般的な水準からみて多い/少ないといった判断には注意を要する。
在庫月数が多いという事象そのものを問題視し、発注管理の方法を改善・高度化するというアプローチだけでは対処が難しい場合も多いからである。企業固有の在庫発生の構造的特性を理解した上で、在庫管理における勘所を特定することが肝要である。
以下ではそのことを説明するため、そもそも在庫が増えやすい事業の特性とそうした場合における在庫管理の勘所について例示する。
筆者が支援させていただいたあるファッション系の消費財メーカーでは、在庫月数が数カ月弱~数十カ月と大きくなっており、加えて相当数の滞留や死に在庫が存在していること、またそうした状況に対して在庫が適正水準になっているかの判断がつかないといった懸念を抱えていた。
この企業の場合、必然的に在庫月数が大きくなる以下のような構造的特性が背景にあった。
- 商品(ファッション系の消費財)の特徴として、流行り廃りといったトレンドやキャンペーンにより売上が激しく変動し、需要の先読みが難しい
- 商品の調達リードタイムが2~3カ月あり、調達計画としてはそれより先の将来の需要を予測する必要がある
- SKU(在庫管理における最小管理単位)ごとのMOQ(最小発注数)が大きく、MOQで発注しても数カ月分の一括発注となってしまう場合が多い※
上記に加え、店舗などの販売チャネルによっては欠品を回避するため幅広い在庫を抱える必要がある等の事情もあり、実際の需要量が計画を下回った場合に大量の滞留在庫が発生する状況となっていた。
※…このメーカーはファブレスで商品の生産を海外の製造業者に委託していた。
このケースでは、
①需要予測(計画)が当たらないこと
②在庫が一定程度積み上がるのは避けられないこと
を在庫管理を考えるうえでの前提事項と考えるべきである。
これらを踏まえれば、在庫管理のポイントは「発注方法の高度化や需要予測精度の改善」ではなく、「在庫滞留のリスクが高まる局面でのリスク低減の取組」や、「既に発生してしまった保有在庫に対する売り減らし等のリアクション」となる。具体的には、
- 新商品の展開においては、自社ECサイトなど市場の反応が可視化しやすい一部チャネルから段階的に在庫量を拡充する
- キャンペーン時の需要上振れリスクにあらかじめ備え、対象範囲を絞った調達リードタイムの短縮を行う
- 定期的な在庫のモニタリングにより滞留発生の予兆をアラートし、機動的に販売およびマーケティング施策につなげる
などの、発注管理に留まらない機能の具備が、在庫管理としてのあるべき要件と考えられる。
ビジネスモデルや在庫流の構造上、何が前提事項であるかを踏まえ、対処するための方法を検討する。
こうした要件を実現するに当たっては、組織的な取り組みが必要になってくる。経営層など上位レイヤーが上に挙げたような在庫管理における勘所を認識し、目指すゴールを言語化して共有することで組織の共通認識ができ、ゴールに向けたPDCAを回せるようになる。
加えて、ゴールに向かうための手段としてデジタルツールの活用が効果的である。多数のSKUに対する需要予測業務や発注業務を品質向上・効率化するための業務支援ツール(事業計画ソフト)に加え、在庫管理の振り返りに必須となる計画や諸元および実績データを保存しておくための蓄積基盤(データウェアハウス)、在庫滞留をモニタリングするためのデータ可視化ツール(BI)などの導入が挙げられる。
取り上げたケースにおいては、特に重要性が高く、かつ始めやすい施策として、定期的な在庫のモニタリング・アクションの実現を優先し、在庫データ分析・可視化のフィージビリティスタディーから着手していくアクションプランを立案した。
結語:自社の事業特性に適合した在庫管理を考えるには
先の事例をまとめると、自社の事業特性に合わせた在庫管理を考え、実現するためには以下のような手順で進めることが肝要と捉えている。
1.ビジネス概観の把握
大前提として自社のサプライチェーンの全体像、市場特性、商品特性などの概観と、現在生じている在庫管理上の問題認識を把握する
2.在庫管理を考えるうえでの前提事項の認識
事業特性を受けて、在庫管理を考えるに当たって避けられない企業固有の制約要素を明らかにする
3.自社の在庫管理のあるべき姿の言語化
2.の前提事項を踏まえ、在庫管理の要件をできるだけ広い視野で(在庫水準の維持方法=発注管理のみにとらわれず)抽出し、その実現のために必要な業務やインフラと併せたあるべき姿として言語化する
4.課題の特定と解決策の定義
あるべき姿と現状との差分において、変更・改善が必要な箇所を課題として特定し、それらに対する解決策を立案する
5.実行プランの策定
解決策を実行するため、具体的な対象範囲・優先順位・アプローチ・実行順序などを鑑みた実行プランとして策定する
「在庫管理の前提事項の認識」「あるべき姿の言語化」「課題特定と解決策定義」などのステップを踏んで事業特性に適合した在庫管理を検討する。
以上、事業特性に合わせた在庫管理の考え方のポイントについて、筆者の経験事例を踏まえた解説を行った。在庫管理に関して懸念があるが、どこから取り組むのが良いかわからないというモヤモヤを解消する一助となれば幸いである。
著者
執行役員
経営戦略コンサルティング本部長
車谷 貴広
金融機関、総合系コンサルティングファーム(戦略部門)、戦略系コンサルティングファームなどを経て2021年にドルビックスコンサルティングの立ち上げに参画。経営戦略や組織変革、人材管理体系の見直し、IT構想策定・導入など、戦略×組織を軸に顧客支援を行っている。20年超にわたり経営戦略コンサルティングに従事し、製造業や建設・不動産業、流通業、金融業などの幅広い業界で、グローバル展開をする大企業からベンチャー企業まで200社近くのコンサルティング実績を有する。
マネージャー
経営戦略コンサルティング本部
藤田 尚樹
大学卒業後、国内大手SIerの法人コンサルティング部門を経て当社へ参画。前職のSIerでは国内法人顧客を中心にセキュリティガバナンス実行支援、経営管理高度化にむけた構想策定、ソフト・サービス事業戦略策定・実行支援などに携わる。またBI・アナリティクスツールを用いたデータ活用推進、機械学習を用いた業務高度化トライアル推進等、データやデータサイエンスを用いたプロジェクトの実行経験も有する。