勝てる管理会計構築の勘所と実装アプローチ
~数千万円のERPを入れずに実現するために~
事業が成長し、多角化が進むにつれて、多くの企業は意思決定に必要なデータを必要な粒度・タイミングで把握できないという課題に直面する。本稿では、高額なERPを導入せずとも、既存システムや安価なSaaS、ローコードツールを組み合わせることで、多面的な経営管理の仕組みを構築するための設計思想と実装パターンを解説する。
なぜ会計システムだけでは経営判断ができないのか
多くの成長企業が直面する壁がある。それは、「売上は伸びているが、どの事業が本当に儲かっているのかが見えなくなった」「現場の肌感覚と、毎月上がってくる試算表の数字にズレがある」という状況である。
一般的な財務会計システムは、あくまで税務申告や株主・金融機関への報告など、制度会計を主目的としている。そのため、「旅費交通費」「消耗品費」といった費目別の管理には適している一方で、「A商品群の」「Bプロジェクトの」「Cクライアントに対する」利益といった、経営判断に必要な多面的な切り口での分析は必ずしも得意ではない。
大手企業では数千万〜数億円を投じてERP(統合基幹業務システム)を導入し、部門別・製品別・顧客別の採算性や、リアルタイムの予算進捗を分析する仕組みを構築することができる。しかし、中堅規模の企業やスタートアップにおいて、同様のシステム投資を行うことは容易ではない。また、重たいシステムを構築することで、かえって事業運営の柔軟性を失い、変化の速いビジネス環境に対応できなくなるリスクもある。
では、巨額のシステム投資を行わずに、精緻な管理会計は実現できないのであろうか。答えは否である。既存システムや安価なSaaS、ローコードツールを適切に組み合わせることで、目的に応じたデータ基盤を設計することは可能である。
システム構築の失敗を避ける「3つの設計思想」
ツール選定に入る前に、管理会計システム構築で押さえるべき重要な設計思想を共有したい。多くのプロジェクトが失敗する要因は、ツールそのものではなく、データの持ち方(設計)にある。
1.「財務会計」と「管理会計」の分離と連携
無理に一つの会計システムですべてを処理しようとしないことが肝要だ。財務会計は正確性が命だが、管理会計は「スピード」と「粒度」が命である。
財務会計システムには部門コードなどの最小限のセグメント情報のみを持たせ、商品別、顧客別、担当者別など詳細な分析は、BIツールや別データベース側で紐付ける「疎結合(ゆるやかな連携)」の設計が、コストパフォーマンスとメンテナンス性を最大化する。
2.マスターデータの統一
システムが安価であっても、ここだけは手を抜いてはいけない。販売管理システム上の顧客コードと、会計システム上の補助科目がバラバラでは、データは永遠に繋がらない。
特に以下のコード体系は全社共通のキーとして定義する必要がある。
- 部門コード
- プロジェクトコード
- 顧客コード
これらを営業管理、経費精算、会計などの各システムで徹底して入力させることができれば、ExcelであれBIであれ、集計は一瞬で終わる。管理会計システムの構築とは、突き詰めればこのコード体系の整備に他ならない。
3.発生源入力と脱・経理部入力
管理会計のためのデータを経理部が月末にExcelで手加工しているうちは、リアルタイムな経営判断は難しい。営業担当が案件情報を入力するタイミング、現場が発注書を作成するタイミングで、適切な分析用タグやコードが付与される仕組みを作る必要がある。これを実現するうえでUIに優れたローコードツールは有効な選択肢となる。
コストを抑えた実装パターン
では、具体的にどのようなシステム構成が考えられるだろうか。企業の規模とデータの複雑さに応じて、次の3つの実装パターンが考えられる。これらは段階的にアップデートしていくことも可能だ。
【フェーズ1】「脱・集計作業」Excelデータベース活用モデル
初期段階では、Excelは依然として有効なツールである。ただし、帳票ツールとしてではなく、データベースとして活用することが重要である。
会計ソフトから仕訳日記帳などのローデータをCSVで出力し、販売管理システムから売上明細データを取得する。それらをExcelのPower Query機能で自動的に結合・整形し、部門別・商品別の損益推移をピボットテーブルで可視化する。
従来のVBAマクロによる属人化を避け、Power Queryによる処理の可視化・自動化を行うことで、追加コストを抑えながら、手作業による加工ミスを大幅に削減できる点がメリットである。
まずは手作業集計から脱却したい企業や、管理したい切り口がまだ限定的で、低コストかつ短期間で可視化を始めたい企業に適したモデルである。
【フェーズ2】クラウド会計+BIツール による「可視化」モデル
現在、多くのスタートアップや中堅企業で最も推奨される、コストパフォーマンスの高いモデルが、クラウド会計とBIツールを組み合わせる方法である。
freeeやマネーフォワードクラウド等のクラウド会計システムにける「タグ」や「部門」機能を活用し、管理したい切り口ごとにデータを蓄積する。その上でAPI連携またはデータエクスポートを用い、Microsoft Power BIやGoogle Looker Studio等のBIツールへデータを連携する。
BIツール上では、売上、予算消化率、着地見込み等をダッシュボード化できる。経営陣は、ダッシュボードを見るだけで、最新の実績や予算進捗を確認できるようになる。「昨日の売上」や「現在の予算消化率」をスマホで確認できる。
さらに、会計データだけでなく、SFAの見込み案件データも同じBI上に取り込めば、着地予想の精度を高めることも可能である。
加えて、BIツールはユーザー数にもよるが、月額数千円〜数万円程度から利用できるものもあり、比較的低コストで導入しやすい。
月次の実績把握にとどまらず、タイムリーに経営管理を行いたい企業に適したモデルである。
【フェーズ3】ローコードツールを「ハブ」にした独自アプリ開発モデル
より精緻な管理会計を実現するには、既存システムのデータを可視化するだけでなく、現場で発生する情報を管理会計データとして直接取得できる仕組みが有効である。
kintoneやPower Appsなどのローコードツールを活用し、案件管理や予算申請、工数管理等の業務アプリを構築することで、現場で入力されたデータをそのまま管理会計の基礎データとして活用できる。
例えばIT企業であれば、kintone上で案件登録を行い、「プロジェクトコード:P-001」を発番する。請求書を発行時には売上データをP-001に紐づけ、社員は工数管理アプリでP-001に作業時間を入力する。外注費の請求書受取時も、同じプロジェクトコードを選択して申請する。
これらのデータをAPIで自動集計すれば、プロジェクト別のリアルタイム粗利をいつでも可視化できる。
高額なERPを導入せずとも、自社の業務フローに合った仕組みをアジャイルに構築できる点が大きなメリットである。建設業、IT開発、コンテンツ制作など、プロジェクト単位で細かな原価管理が必要な企業に適している。
図表:3つの実装パターンイメージ

配賦の罠と、システムによる解決策
管理会計で最も議論となるのが、共通費(家賃、バックオフィス人件費など)の配賦である。「なぜ自部門にこんなにコストが配賦されるのか?」という不満が生じやすい。
従来はExcel上で売上比などに基づき一律配賦して終わり、というケースが大半であった。しかし、この方法では現場の納得感が得られにくく、コスト削減意識も生まれない。
一方、ローコードツールなどを活用して活動量データを取得できれば、より実態に即した配賦が可能になる。例えばサーバー費用は各事業部のデータ使用量比で配賦し、人事部コストは各事業部の採用面接回数比で配賦する、といった設計が考えられる。
このように、配賦ロジックをデータに基づいて定義できれば、部門別PLの精度と納得感は高まる。複雑なロジックをExcel数式で組むと管理が破綻しやすいが、ETLツールやデータベース側で定義しておけば、毎月の集計作業を大幅に効率化できる。
おわりに
管理会計システムの構築において最も避けるべきは、完璧なシステムを最初から目指すことである。
ビジネス環境が変われば、見るべきKPIも変わる。数年かけて要件定義をして作った重厚長大なシステムが、稼働する頃には時代遅れになっていることも珍しくない。
まずはExcelのPower Queryから始め、必要に応じてクラウド会計のタグ機能を整備し、BIで可視化する。不足部分があればローコードツールで補う。このように、ブロックを組み合わせるように段階的に仕組みを構築することこそ、不確実性の高い現代における現実的な管理会計システム構築アプローチではないだろうか。
著者
マネージングディレクター
経営戦略コンサルティング本部
谷田 政隆
大学院卒業後、監査法人系ファーム、FAS系ファームにて幅広いコンサルティング業務に従事。外資系保険会社経営企画部門、日系メーカー業務改革部門を経て、2023年1月より当社に参画。経営管理機能の高度化とそれを支える組織・ガバナンス/業務プロセス/ITインフラを含む改革支援を得意とする。M&A関連サービスにも豊富な経験を有し、クロスボーダーディールも多数経験。ブラジル・サンパウロに駐在経験あり。著書に「連結パッケージの設計・運用の実務」(中央経済社、2026年)がある。