人材市場の変化を受けた人材施策/人事制度検討の要諦

人材の流動性が高まる昨今、企業にとって、人事制度見直しは待ったなしだ。そこで、戦略×組織のコンサルティングに長年携わった筆者が、人材施策/人事制度を見直す際に外せないポイントを解説する。

前提となる人材市場の変化

足許で多くの企業が人事制度の見直しを進めているように感じられる。しかも、現行の人事制度を策定してまだ数年程度といったタイミングにもかかわらず見直しに着手するといったご相談をいただくことも多くなっている。
これは企業の「人」に関わる前提が大きく変化し、従来の制度が合わなくなっていることが要因と思われる。

筆者が人事施策/人事制度検討の支援をする際に意識している人材市場の変化に関するポイントは、大きくは以下の4点である。
①人材不足の慢性化
②働き手の価値観の多様化
③人材流動の一般化
④企業側の求める人材の多様化

この中で、特に留意すべきものは「③ 人材流動の一般化」であると筆者は考える。
人材流動の一般化それ自体は今に始まったものではない。終身雇用/終身勤務といった慣習が崩れ、新入社員の3割が3年以内に退職する時代である(厚生労働省2021年度「新規学卒就職者の就職後3年以内の離職状況」公表資料より)。人材流動の一般化それ自体は今さらという印象であるが、留意すべきはその中身である。

転職の増加、つまり個々の企業にとっては退職者の増加が問題になっている。人事施策等の検討では必ず「退職をどのように防ぐのか」がテーマとなる。
それに対して経営者や人事部門は「当社の何らかに不満があるから辞めるのであり、その不満の解消が必要だ」という前提に立って議論をしている場合が多い。
しかし実際には(特に優秀な若手人材については)、必ずしも自社に不満があるから辞めるのではなく、「不満は全く無いが新しい挑戦をしたい」との理由で退職するケースが増えている。彼らは自身のキャリアを自身でしっかりと考え、その考えに沿って働く場を選択する。自身が考えるキャリアの次のステージに進むために、それに即した場を求めている。
ネガティブな理由での転職ではなく、ポジティブな理由の転職。企業にとって最も重要な人材にはこのような傾向がある、という前提に立った検討が不可欠である。

人材施策/人事制度の検討の際の要諦

では、このようなポジティブな理由の転職が増加する中で、人事施策/人事制度の検討をする際に重要なポイントは何か――。
企業側はまず、発想の転換が必要となる。ポイントは以下の3点である。

①働き手と会社の関係性の多様化
これまでのような「正社員」、「フルタイム勤務」といった形にとらわれず、雇用に限定されない様々な関係性を含めた仕組みとする
②特性や志向に応じた柔軟なキャリア設計の実現/促進
会社が働き手に求める「譲れない線」(必要条件)を明確にした上で、働き手の特性や志向による自律的なキャリア設計を可能にする
③下方硬直的な処遇体系からの脱却
若手登用や優秀人材の処遇向上をする一方で、全社の労働分配率に意識を払い、人材投資対効果を最大化する

そして、これに加えて重要なのが「『働く場』としての価値の明確な訴求を続ける」ことと筆者はとらえている。
これまでも採用の場においては、他社との競争の中で人材に「選ばれる」ことに意識を払い、「当社の魅力は何なのか」を応募者に対して強く訴えていると思う。一方で、入社後の人材に対する訴求が十分ではない、というのが筆者の見立てである。
以前は、会社で働く人にとって「自社で働き続ける」ことが基本であり、何かのきっかけによって初めて転職を意識し、他社と自社の比較を始めるという流れだった。しかし、今は常に多くの会社が選択肢に有り、自社で働き続けることはあくまでもその数多くの選択肢の一つという状態である。
そうすると企業としては、採用候補者だけでなく既に自社で働いている人に対しても「この会社で働くことが自身にどのようなメリットがあるのか」を示し続けなければ市場価値の高い人材に働き続けてもらえない時代になっている。そのための対策が不可欠になっていることを踏まえて施策や制度を検討することが不可欠である。

人材マネジメントは内部に向けた「マーケティング」だと筆者は考える。
自社にとってどのような人が重要で、その人達にどのような価値を訴求するのか。そのためにどのような仕組みを準備するのか。
人事施策/人事制度の検討は、ややもすれば人事部門と人事コンサルタントによって「人事に限定した取り組み」として進められる傾向が有る。しかし、このような時代環境においては、人事施策は企業経営の中で非常に重要な意味を持つものであり、経営層がリーダーシップを取り、戦略/マーケティング思考をもって臨むことが不可欠である。

【注】本稿の内容は執筆者個人の意見に基づくものであり、当社の見解を示すものではありません。

著者

執行役員
経営戦略コンサルティング本部長

車谷 貴広​

金融機関、総合系コンサルティングファーム(戦略部門)、戦略系コンサルティングファームなどを経て2021年にドルビックスコンサルティングの立ち上げに参画。経営戦略や組織変革、人材管理体系の見直し、IT構想策定・導入など、戦略×組織を軸に顧客支援を行っている。20年超にわたり経営戦略コンサルティングに従事し、製造業や建設・不動産業、流通業、金融業などの幅広い業界で、グローバル展開をする大企業からベンチャー企業まで200社近くのコンサルティング実績を有する。