既存顧客の課題に改めて向き合い、事業変革の機会を掴む

DXに一定期間チャレンジしたものの、ビジネスモデルの変革や新たなマネタイズを実現できていない企業が多い中、本稿では大手企業から総合商社グループの中堅・中小企業などを含め、弊社が支援した様々な規模の製造業クライアントにおける事例より、DXを成功へと導く、または巻き直すためのトピックスを紹介したい。

Ⅰ. 大手製造業においてDXが停滞するケース

大手企業には、DX推進部門を設置し、イノベーションラボやデータサイエンスなど各種専門チームを取り揃えているところが多く見られる。その中で、経営層や事業部門を巻き込みながら一定期間チャレンジしてきたものの、所属しているマネージャーや担当メンバーがDX推進部門としての役割や目標に不明瞭さを感じ、部門やチーム内に不協和音が生じているケースを何度か目にしてきた。一般的に、役割や目標設定の齟齬によるモチベーションの低下は、組織運営の課題としてはよくあるが、DXを専門とする部門で起きている場合はいくつか共通した要因があると考えられる。

最も発生しやすいケースの一つとして、DX推進部門が「プロフィットセンター」なのか「コストセンター」なのか、全社組織の中における役割とミッションが曖昧で、部門としてのビジョンや行動様式が定まらずに取り組みが停滞してしまう状況が挙げられる。例えば、イノベーションラボとして「既存の主力事業の変革(例:VRなどを活用したデジタルエージェンシーの立ち上げ)」がテーマとして挙がった場合に、DX推進部門のミッション・役割をどこまで掲げるかの見極めは、構想初期のステークホルダーを巻き込む段階から非常に重要となる。

DX推進部門が主管部門と共にプロフィットセンターとして成果の創出までコミットするのか、あくまで間接部門あるいはコストセンターとして変革を促すイネーブラーの立場で取り組むのか、企業ごとに解は異なるが、方針を明確にしないまま活動を続けてしまうと、アサインすべき人材要件や目標設定/評価基準なども曖昧となる。加えて、ステークホルダーからはDX推進部門としてのコミットが不足しているように見えてしまい、結果的にDX推進部門もそこに所属する個人も活動の成果が正しく評価されず取り組みが停滞してしまう状況に陥ってしまう。

例えば、取り組むテーマが「新たなデジタル事業の創出(例:Seedsの探索から新たな顧客層の開拓~マネタイズの実現)」である場合、DX推進部門はプロフィットセンターとして方針を打ち出すことになるが、大手企業でよく見られる「既存の主力事業における顧客体験、顧客接点の変革」といった、多くのステークホルダーが関わるテーマで停滞が起きている場合は、DX推進部門が強くプロフィットセンターとしての方針や意識を打ち出して、改めて主管部門と伴走する形を提案し関係性から巻き直す、という打開策も選択肢として検討すべきだと筆者は考える。

Ⅱ. 中堅/中小の製造業においてDXを成功させているケース

一方で、大手企業ほどの体力が無い中堅もしくは中小の製造業のクライアントが、上述の「既存の主力事業における顧客体験、顧客接点の変革」をテーマとして、短期間でDXを成功させているケースがある。要因は一概には言えないが、

  • 過去に何度か主力事業が入れ替わった危機感から、経営と現場の双方でDXへの期待値やミッションが明確になっている
  • 大手企業ほど体力が無いこともあり、既存の主力事業の一部リソースがそのままプロフィットセンターとしてDX推進部門化している
  • 改めて既存顧客の課題に向き合うことでテーマを発散させずに、ステークホルダー間の合意形成をスムーズに進めている

など、目の前にある事業存続への危機感から、DXが主力事業のミッションそのものとして推進されている事例が挙げられる。その結果、着実にDXの成果と成功体験が積み上がり、社員のデジタルリテラシーの向上や行動変容にもつながるため、このような企業では、既存事業の枠にとらわれない新しい顧客層を獲得するようなデジタル事業の創出など、新たな変革が近いうちに起きる可能性が非常に高いと筆者は感じる。

ここで、ある中堅・中小規模の企業のDXについて、弊社が構想の初期段階から参画しサービスリリースまで伴走した事例を紹介したい。
このクライアントにおける取り組みは、下表のような昨今の製造業を取り巻く環境変化における一般的な課題感をもとに始まった。

既存事業における環境変化 直面している課題
拠点やチャネルの拡大・細分化 顧客満足度低下の検知遅れによる風評被害の拡散
製品の多様化と電子制御化 品質不具合の真因究明や解決リードタイムの長期化
熟練労働者の引退、世代交代 組織ナレッジの消失、問題の抑止力や解決力の低下

これら環境の変化を踏まえた当初のDXテーマは、よく掲げられる「顧客データの一元化」「有識者ナレッジのデジタル化・プラットフォーム化」となっていた。いずれも重要な施策ではあるが、これらのテーマが個別に進むと単なるIT導入施策に劣化してしまうリスクが高く、また構想の初期段階からクライアント内の様々なステークホルダーと期待値やミッションの合意形成を図るためにも、弊社から、「既存顧客の課題を基点とした、部門を超える一連の変革のコンセプト」を初回提案時に提示した。(下記図表参照)

▲クリックで図を拡大

このコンセプトは、工場向け製造機械の販売からアフターセールスサービスを手掛ける事業におけるDXの構想初期段階のものであるが、ポイントは、顧客課題を基点に、営業部門からバックオフィスまでの部門を超えた変革を一枚の絵で表現したことである。このケースでは、特に“顧客サービスの向上”に対してトレードオフの関係にある“社員・従業員の労働環境の改善”を、顧客サービス向上と同等の優先テーマとして設定し、デジタル化の要件に落とし込んでいる。

DXのアプローチで必要となる顧客体験/カスタマージャーニーの策定に加えて、それを提供する“社員/従業員側の変革ストーリーとその目標”を同時に具体化して一枚の絵で表現することで、当該テーマの実現に向けて部門を超えたステークホルダー間の目線合わせが実現し、着実な遂行と短期間でのプラットフォームサービスのリリースに結び付いたと考えている。

この中堅・中小企業における取り組みのように、目の前にいる顧客の課題に真摯に向き合いながら、フロントからバックオフィスまでが一連となって変革を積み重ね、経営者と社員・従業員が共にデジタルの経験値を上げていくステップは、企業の規模にかかわらず、現在DXが停滞している企業における取り組みを巻き直す一つの方策になると考えられる。本稿をお読みの方にも、ぜひ参考にしていただきたい。

【注】本稿の内容は執筆者個人の意見に基づくものであり、当社の見解を示すものではありません。

著者

執行役員
サステナビリティ&
デジタルイノベーション本部長

新家谷 功一​

アクセンチュア、PwCコンサルティングなどを経て現職。製造およびハイテク産業を中心に、戦略から実行、効果創出までを繋ぐ幅広い領域のコンサルティングに従事。DOLBIX参画後は、特定業界のバリューチェーン全体の変革や、新規事業開発、サステナビリティ分野など、幅広い業界・領域におけるデジタル案件をリードしている。